宿題を提出したつもりが……

アメリカの数学者、ジョージ・ダンツィーグには、驚くような逸話があります。

今回は、その嘘のような本当の話を紹介してみます。

天才って本当にいるんだな、と再認識させてくれますよ。

ジョージ・ダンツィーグという人物

この逸話の主人公 ”ジョージ・ダンツィーグ” は両親がふたりとも学者というエリート一家に産まれました。

父親の ”トビアス・ダンツィーグ” は、”アンリ・ポアンカレ” という超有名な学者の元で数学を学び「数とは、科学の言葉である」という名言を残していることでも知られています。

ダンツィーグは、その父親の影響もあって早くから数学に興味を持ち数学者の道を歩みます。

そして、数学者として数々の業績を残し、多くの賞を受賞し、ジョージ・B・ダンツィーグ賞というダンツィーグにちなんだ賞まで設けられるほどの大数学者になりました。

嘘のような本当の話は、1939年ダンツィーグがカリフォルニア大学バークレー校で数学の博士課程の学生だったときに起こりました。

ダンツィーグの逸話

数式

ダンツィーグは、イェジ・ネイマン教授の統計学の講義に遅刻してしまいます。

講義に着いたときには、すでに黒板に2つの問題が書かれていました。

ダンツィーグは、その問題が宿題だと思ってノートに書き写しました。

いつもより難しい宿題に少し手間取りましたが、数日後になんとか解いて「提出が遅れてすいません」という言葉とともに答えを提出したのです。

驚いたのはネイマン教授です。

ネイマン教授が黒板に書いたは宿題ではなく、有名な統計学の未解決問題だったのですから。

そう、ダンツィーグは、当時未解決だった問題を宿題だと思って解いてしまったのです。

それも、ひとつ解いただけで大業績になる問題を2つ同時に!

そりゃ大数学者になるはずです。

考え方の問題か?

この逸話は、問題の捉え方の話として語られることがあります。

誰も解けない問題だと思って取り組むとできないことが、解けるはずの宿題だと思えばできるという意味合いです。

「できると思えばできる」

確かにそういうこともありますが、ダンツィーグの件はそういうレベルではないような……。


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