絶対温度の単位Kに名を残したケルビンとはどんな人物だったのか?

絶対温度の単位は、Kであらわされ「ケルビン」と呼ばれています。

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単位というのは、それを見つけた人、大きな功績を残した人の名前がつけられるのが通例です。

でもケルビンいう名の有名な科学者は見当たりません。

実はこのケルビンさんの正体は、とんでもない超人だったのです。

「こんな凄い人がいたんだよ」ということを知ってもらいたいので、今回はケルビンさんの紹介をしていきます。

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ウィリアム・トムソン

ウィリアム・トムソンという、超有名な科学者がいます。絶対温度を導入したことでも知られている人です。

実は、このトムソンがケルビンさんなのです。

トムソンは、科学だけでなく、事業でも大成功し、政治活動にも貢献したといった超人です。

その業績から、1982年にラーグスのケルビン男爵という称号をもらい貴族になりました。

※ラーグスはトムソンが住んでいた地名で、ケルビンは川の名前だそうです。

その爵位を使って、絶対温度の単位がケルビンと呼ばれるようになったのです。

普通はケルビンさんなんて失礼な呼び方をすることはありません。

敬意を込めてケルビン卿と呼ぶのが通例です。

ケルビン男爵はどんな人か

ケルビン卿ことトムソンは、どんな人物だったのでしょう。

その業績を簡単に見ていきましょう。その超人ぶりを知れば、ブログで紹介したくなった理由がわかる思います。

天才

ケルビン卿は、物理、数学の広い分野で活躍し、661篇もの膨大な数の論文を発表しています。

年に10篇発表しても66年かかります(年に10篇の論文発表というだけで凄いことです)。

グラスゴー大学に入学したのが10才、その後ケンブリッジ大学に移り、学部生のときだけで数学に関する論文を12編も発表しました。

学生時代に勉強するのではなく、すでに独自研究の論文執筆をしていたのです。

まさに天才です。

科学者としての功績

科学者としてのケルビン卿が残した特に大きな功績は、やはり熱の分野です。

絶対温度の導入だけでなく、熱を扱う熱力学という分野を切り開いた功労者のひとりです。

「トムソンの定理」「ジュール=トムソン効果」など、本名(?)のトムソンの名前がつけられているものも多くあります。

また、電磁気分野でも大きな貢献をしていて、電磁気学を切り開いた功労者でもあるのです。

発明家としての功績

トムソンは理論家としての研究以外に、実験技術も高く技術者としても活躍しました。

その技術と知識を活かして、多くの装置(計測機器)を開発した発明家でもありました(特許は69件)。

事業家としての功績

事業では、世界で初めて大西洋を横断する電信ケーブルを設置するという歴史に残る大偉業を達成しました。

科学者でなくても、これだけで歴史に名を残すような業績です。

このケーブル会社からの収入と特許料の収入で、莫大な財産と名声を気づき上げたというとんでもない人です。

そして政治活動。本当に化け物じみたバイタリティーです。

ケルビン卿より優れた科学者、ケルビン卿より優れた発明家、ケルビン卿より優れた事業家はいるでしょう。

でもその全てを兼ね備えた人を他には知りません。

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天才も間違うことはある

こんな凄い人でも、人間なので間違うことがあります。

ケルビン卿は科学界での影響力が大きすぎたので、その間違いが引き起こす騒動も大きくなってしまいました。

例えば、ケルビン卿は地球の年齢を長くても数億年と計算し、それを信じ切っていました。

そのため、当時生まれたばかりの進化論に対して「進化するには地球は若すぎる」と反対し、大きなダメージを与えてしまったのです。

それ以外にも

「レントゲン撮影はトリックだ」

「空気より重い人工物が飛行することは不可能だ」

といったことを信じ切っていたそうです。

こんなに凄い人でも間違うことがあると思えば、自分のような凡人が間違いだらけでも仕方ないと少し安心できます。


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