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水と油はなぜ混ざらないのか? 混合のエントロピーの考え方

水と油

コーヒーにミルクを入れると自然に混ざり合います。そして混ざり合ったものが再び自然に分離することはありません。

これは、エントロピー増大の法則の例としてよく挙げられる現象です。混ざり合った方がエントロピーが大きいので自然に混ざるのです。

エントロピーは乱雑さを表すと言われることが多いですが、確かに分離しているより混ざり合った方が乱雑なように思えますし、実際に混合した方がエントロピーが大きくなります。

ではなぜ水と油は混ざらないのでしょうか?

混ざり合った方がエントロピーが大きくてエントロピーが増大する方向に変化するのであれば、水と油だって混ざるはずです。でも混ざらずに分離したままです。

これはエントロピー増大の法則に反している訳ではありません。

水と油が混ざらない理由について説明していきます。

目次

混合のエネルギー変化

エントロピーの話の前にまずはエネルギーについて考えてみましょう。

液体Aと液体Bを混合するとします。AもBも当然エネルギーを持っています(内部エネルギーと呼びます)。

AとBが混ざり合った状態のエネルギーは、混合前のAのエネルギーとBのエネルギーを足し合わせたものではありません。

Aの分子同士が引き合う一種の位置エネルギーがありますが、その間にBが割り込んでくると位置エネルギーは明らかに違ってきます。これはBから見ても同じです。

混合のエネルギー変化がマイナスの場合

混合前のAのエネルギーとBのエネルギーを足し合わせたものより、AとBを混合したもののエネルギーが小さい場合を考えます。AとBを混ざるとエネルギーが小さくなるということです。

しかしエネルギーは保存します。混合でエネルギーが減ったのなら減少分のエネルギーがどこかに発生していなければなりません。

どんなエネルギーが発生するのでしょう?

答えは熱です。

この場合熱が発生するので混合に伴って発熱するということになります。

混合のエネルギー変化がプラスの場合

逆に混合前のAのエネルギーとBのエネルギーを足し合わせたものより、AとBを混合したもののエネルギーが大きいとしましょう。

この場合は混ざることでエネルギーが増えるので、増加分のエネルギーを補充しなければなりません。

もちろんこれも熱です。この場合は混合すると熱を吸収することになります。

実際に混合によって発熱や吸熱が起きることが知られています。エネルギー保存則によって混合でのエネルギー変化を打ち消すように発熱または吸熱しなければならないのです。

エネルギーが高くなっても混合する場合はある?

ここで気になった方もいるかもしれません。A同士、B同士で引き合う分子間力より、AとBの分子間力が強いから混合するのでは? そうでない場合は混合しないのでは? とか……

水と油が混ざらない理由を調べると、このような説明をよく目にします(表面張力での説明も同じです)。

もし、そうであれば混合熱は全て発熱であるはずです。

しかし実際に混合で吸熱することがあるという事実があるのです。

私は化学屋なので、水と有機溶媒(非プロトン系極性溶媒)や有機溶媒同士を混ぜて吸熱する経験は日常茶飯事です。発熱より吸熱の方が多く感じるほどです。

断熱状態でのエントロピー

まずは容器を完全に断熱して周囲と熱のやり取りができない状態での混合を考えてみます。

AとBとの混合で発熱する場合、混ざると元よりも温度が高くなります。逆に吸熱する場合は温度が下がります。

温度が高いほどエントロピーは大きくなります。分子の運動が活発なほど乱雑さが増えるイメージです。

混合が発熱の場合、混合によるエントロピー増大だけでなく、温度が上がることでのエントロピー増大もあるということです。

どちらにしてもエントロピーは増大します。

では混合が吸熱の場合はどうでしょうか?

この場合は混合によってエントロピーが増大しますが、温度が下がることによってエントロピーは減少します。

もし混合のエントロピー増大より温度が下がることによるエントロピー減少が大きければ、全体としてエントロピーが減少することになります。

エントロピーが小さくなる方向に変化できないというのがエントロピー増大の法則ですから、吸熱が大きい場合は混合できないのです。これが水と油のように混ざり合わないものがある理由です。

熱による温度変化まで考慮に入れてエントロピー変化を考えないといけないのです。

断熱していない場合のエントロピー変化

次に容器を断熱していない場合を考えてみましょう。

この場合は発熱や吸熱しても周囲と熱のやり取りができるので温度は変わりません。発熱の場合は周囲に熱を放出し、吸熱の場合は周囲から熱を奪います。

温度変化がないのですから混合のエントロピー変化だけを考えればいいことになります。そして混合ではエントロピーが増大します。

それならエントロピー増大の法則によって水と油も混ざり合わなければならないような気がします。

しかしエントロピー増大の法則は断熱系で成り立つものです。

断熱していない状態でAとBの混合だけをみてエントロピー増大の法則を適用することはできないのです。

混合する容器ではなく部屋全体を考えてみましょう。部屋は完全に断熱していることにします。

部屋全体は断熱系になるので、この中ではエントロピー増大の法則が使えます。

ここで、混合が吸熱だったとします。すると同じ温度になるように周囲の空気から熱を奪うことになります。

室内の空気は熱を奪われるのです。

温度が高い方がエントロピーが大きいことは前に触れました。周囲の空気は熱を奪われたのですから、ごくわずかにでも温度が下がったはずです。それによって空気のエントロピーは減少します。

部屋が充分広く温度変化自体はごくわずかだったとしても、室内の空気の量は莫大ですからエントロピーの減少量は無視できません。

容器を断熱していない状態で吸熱混合した場合、混合によってエントロピーは増大しますが、周囲の空気のエントロピーは減少するのです。

今度は断熱されている部屋全体を考えてエントロピー増大の法則を適用しなければなりません。

もし混合によるエントロピー増大よりも空気のエントロピー減少の方が大きければ、部屋全体のエントロピーは減少することになります。エントロピー増大の法則によってこのような現象は起きません。

水と油の場合がこれに相当するのです。

水は水分子同士が引き合っているので、その分位置エネルギーが小さくなっています。その中に水とは引き合うことのない油の分子が入り込むとせっかく引き合っていた水同士の邪魔をするだけです。

もし混合したらエネルギーが高くなり吸熱が大きくなってしまうのです。

エントロピー増大の法則の適用範囲

もう一度繰り返します。

エントロピー増大の法則は断熱系で成り立つものです。

どの範囲を断熱としているかきちんと考えて適用しなければなりません。

混合はエントロピーが増加しますが、それ以外に放熱、吸熱、温度変化なども考慮にいれて混ざるか混ざらないか判断しなければならないのです。

ですから、水と油が混ざらないことはエントロピー増大の法則と矛盾することはないのです。

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