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物理屋に物申す? 化学屋からみた物理 とりあえず統計力学を例に

化学
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このサイト”ちびっつ”では、理系の雑学のようなものを紹介しています。

同じように理系の分野をわかりやすく説明している素晴らしいサイト、ブログは沢山あります(ここよりは専門的な内容が多いかな?)。

私もよく拝見していますが、大抵は物理屋さん(物理を専門に学んだ人の総称としてこう呼ばせてください)が運営しているみたいです。

私は物理ではなく化学を専攻した化学屋(おまけに工学系)なので、物理屋さんとの感覚が違いを感じることが多々あります。やはり物事を捉える角度が違うのです。

どのように違うのか、想うまま書き連ねてみます。

「物理屋に物申す」などとタイトルで煽りましたが、「化学屋はこう感じている」ということを知って欲しいだけのことです。

この考え方の違いがこのサイト”ちびっつ”のオリジナリティーを生み出していると思っていますので、この感覚は大事にしていきたいと思っています。

目次

化学の理論は物理が土台

化学の理論は物理が土台になっています。「物理理論をお借りしている」という感覚です。

全ては物理法則に従っているのですから当然と言えば当然です。

ある程度の物理理論を知らなければ、化学の研究はできません。ですが、同じ化学でも分野によって必要とする物理の知識量は大きく違います。

私は、化学屋の中では物理理論を扱う機会が多い方だと思います。

物理化学という分野

化学を専攻すると「物理化学」と呼ばれる(呼び方は大学によって違うかも?)講義があります。

「物理化学」と聞くと、物理なのか化学なのか一体どっちなんだ? と言いたくなりますが(私も学部で習ったときはそう思いました)、「物理理論を使った化学」という意味で、物理理論を化学に応用する方法を学ぶものです。

ちなみに私の専門分野はこの「物理化学」なので、物理理論を使うことが多かったのです。

物理と化学のはざま

ややこしいことに「物理化学」以外に「化学物理」というものも習いました。こちらは「化学に必要とされる物理理論」を学ぶものです。

物理と化学とふたつの分野に分けるとすれば「物理化学」は「化学」で、「化学物理」は「物理」になりますが、化学と物理に明確な境界線がある訳もないので、どうしても曖昧になってしまいます。

物理の分野でも「物性物理」は化学に近く、発想も化学屋の方に近いのかもしれません。

化学に必要な物理理論

化学物質は原子、分子から構成されているので、当然ですが化学では分子や原子を取り扱います。

原子や分子のようにミクロなものを説明するには「量子力学」を使わなければなりません。

ですから基礎的な量子力学の知識は化学に必須です。

量子力学は20世紀に入って誕生した物理理論なので、化学を物理的、理論的に扱えるようになったのは20世紀になってからだと考えていいでしょう。

実は量子力学誕生前の物理理論にも化学に必須な物理理論があります。

「熱力学」という分野です。

熱力学は、どうやら物理屋さんには不評な理論のようです。

物理化学では熱力学を使い倒す(応用しまくる)ので、熱力学に関しては物理屋さんより化学屋の方が馴染みがあるでしょう。

物理理論に関する化学屋の視点

物理理論は化学屋の大事な道具です。

道具の良しあしを判断する基準は「使えるかどうか」です。

化学物質の性質や化学反応を説明、予測することができなければ意味がありません。

物理屋と化学屋の違い

物理理論をわかりやすく説明しようとすると、どうしても犠牲になる部分が出てきます。

詳しく説明できないので大体のところで済ませてしまう部分、正確性に欠ける部分と言ってもいいでしょう。

その場合、何を犠牲にするのかの判断基準が、物理屋と化学屋で大きく違うのです。

  • 物理屋:理論展開の大筋に関係ない部分を犠牲にする
  • 化学屋:実際の物質を扱うときに支障が少ない部分を犠牲にする

といった感じでしょうか?

化学屋としては理論展開では枝葉の部分だったとしても、身近にある物質の性質を説明するために必須な部分は削れないのです。

ちょっと言い過ぎになりますが、物理屋は理論重視、化学屋は現実と合っていることを重視、というとわかりやすいかもしれません。

私のような化学屋が書いた文章を物理屋さんが読んだら「理論の厳密性に欠ける」と思うことでしょう。

逆に私が物理屋さんの説明を読むと「そこをきちっとしなけりゃ現実と合わないでしょ」と思ったりします。

化学屋が現実と合っていることを重視する理由

物理の中でも理論の整合性を重視する人と、現実と合っていることを重視する人がいると思います。

化学屋が現実を重視するのは、化学物質を扱っているからだと思います。

宇宙や素粒子と違って、化学物質は私たちの身近にあって、その変化をいつも見ています。

例えば、私たちは水が0℃で凍ることを身近な感覚で知っています。

理論の大筋だけだと水が10℃で凍るという結果になる理論があったとします。

そして、その差を説明するには細かいところまで踏み込む必要があるという場合を想定します。

絶対零度から極高温まで取り得る温度の中で、10℃くらいは誤差として大筋の説明だけで大体合っていると済ますこともできます。

でも化学屋は、身近過ぎる10℃の差は許せない、そんな感覚です。

詳細まで踏み込まなくても、この10℃の差に触れずにおくことはできないのです。

熱力学と統計力学

物理屋と化学屋の違いで特徴的なのは、熱力学と統計力学の取り扱いでしょう。

熱力学というのは、物質の特性や変化などをマクロにみて説明する物理理論で、統計力学はそれを分子や原子などのミクロな振る舞いの統計的な性質として説明する物理理論です。

大雑把にいうと、化学屋は熱力学が好きで、物理屋は統計力学が好き、という傾向があります。

ここで、単に統計力学と呼んだ時は量子論を使わない「古典統計力学」のことを差すことにします。

理論的には統計力学が嬉しいのは同じ

私は、熱力学と古典統計力学なら迷わず熱力学を選ぶ人間ですが、最初からそうだった訳ではありません。

熱力学はふわっとしてつかみどころがないように感じる理論ですが、古典統計力学は明快です。

物事を還元して考えることが好きな理系の人間なら、理論としては古典統計力学の方が面白いと感じるのが普通でしょう。

ただ、化学の分野に進むと、だんだん熱力学派になっていくのです。

最初はつかみどころがないと感じる熱力学ですが、道具としては強力で、使っているうちにだんだん輪郭が明確になっていくのです。

なぜ化学屋は熱力学なのか?

なぜ化学屋は熱力学派になるのでしょうか?

最初の方で言った言葉をもう一度繰り返します。

「原子や分子のようにミクロなものを説明するには量子力学を使わなければなりません」

古典統計力学は量子論を使わずに原子や分子を扱っている理論です。

化学に応用するには大きな問題点があります。

「現実と合わない……」

もちろん、大まかな傾向は古典統計力学でもわかります。

でも実際の物質の振る舞いと合わないのです。場合によっては全然違うというくらいかけ離れてしまいます。

水が凍る温度が10℃違うという例えを使いましたが、これだけずれると化学には応用できません。

熱力学の特徴

その点、熱力学は最初から「原子や分子」の振る舞いなんて考えず、マクロな視点で作られた物理理論です。

量子力学との矛盾はありません。

というよりも、物質の熱力学的な振る舞いは、量子論を取り入れて初めて説明できるものなのです。

もちろん、欠点はあります。

具体的な数値を理論から導くことができないことが大きな欠点でしょう。

統計力学を使えば原子の質量などから(おおまかに)計算できる値でも、熱力学では計算できないのです。

ここが理系の人間が統計力学を好む大きな理由です。

でも熱力学を応用するだけなら問題ありません。計算で求められない場合は実測値を使えばいいのです。

最小限必要な実測値のリストさえあれば、条件や環境が変わったときにどうなるか正確にわかるのです。

古典統計力学の魅力

ここまでを読むと、古典統計力学が嫌いだと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

でも統計力学は凄く面白い理論です。

何しろ漠然とした物質の性質を、分子や原子の運動から説明していくのですから(理系の人は納得してくれると思います)。

ただ化学に応用するには足りないのです。

古典統計力学から物質の比熱を計算することができ、実際の物質の値とある程度相関しています。

これは統計力学の大きな成果なのですが、化学に適用するだけの精度はありません。

例えば、物質の比熱の温度変化を知りたくても(化学では重要なことです)、古典統計力学では「比熱は温度にかかわらず一定」という結論になってまうのですから。

化学屋の「当たり前」が説明できない理論なのです。

量子統計力学

では、量子力学を使った「量子統計力学」はどうでしょう。

はい、めでたく化学屋が利用できる精度で実測値を計算できるようになりました。

ただ実際の物質に適用するのは、計算が難しいという欠点があります。

どちらかと言えば「物性物理」の範疇に入る問題かもしれません。

物理化学の実態

ここで、私が学んだ物理化学がどんなものだったのか説明してみます。

多分、物理屋さんの想像するものとは違うと思います。

物理理論をある程度知っている人に向けた説明になるので、不必要な方は飛ばしてください。

物理化学で習う順番

物理化学とひとくくりに言っても、流儀は色々あります。

ここでは、私が実際に(最初に)使った「バーローの物理化学」に従って説明します。

ちなみに、手元にあるのは1981年の第4版です。

気体分子運動論

まず最初に出てくるのが気体分子運動論です。

理想気体の状態方程式から始め、ボルツマン分布などを求めます。

まあ、これは妥当なところでしょう。

量子力学の基礎

気体分子運動論の次は、統計力学か、その準備のための熱力学がくると思う人が多いのではないでしょうか。

実際は「量子力学の基礎」です。

シュレディンガーの波動方程式からスタートして、気体分子運動論を量子力学的に取り扱います。

二原子理想気体をメインにして、回転や振動を量子化したり、三次元井戸型ポテンシャル内の気体の並進エネルギーを計算したりします。

分子集団のエネルギー

次に分子の集団を統計的に扱います。

前節の続きなので、もちろん量子化したエネルギーが対象です。

古典統計力学はすっ飛ばして、量子統計力学に足を踏み入れるのです。

ですから「二原子理想気体は並進3、回転2、合わせて自由度が5だから、定積モル比熱は5/2・R」みたいな、よくある説明は最初からありません。

実際の二原子気体の挙動と比較して(実用的な範囲で)合わない理論は、化学には不必要なのです。

きちんと量子化して

「並進エネルギーは絶対零度に近い場合以外は連続とみなして問題ない」

「振動エネルギーは室温付近では基底状態とみなせるが高温になるとこのくらい効いてくる」

「回転のエネルギーは室温では連続とみなすこともできるけど、水素など質量が小さい場合や低温では離散化しないといけない」

ということを確認します。

前にも書いたように比熱の温度依存性を知って実際の気体と比較するには、最低限必要なことです。

この時点では分子や原子の構造まで踏み入ってないのでここまでですが、電子軌道など高温になると比熱に効果を表すものを無視していたことが後からわかります。

熱力学第一法則

次に出てくるのが熱力学です。

まずは第一法則ですが、第一法則だけで結構ボリュームがあります。

化学で使うという立場上、実際の物質の性質との比較まで踏み込む必要があるからです。

第一法則だけの単元なので、どうしても比熱(熱容量)が主な特性になります。

また比熱か? とうんざりしますが、必要なので仕方ありません。

結晶の比熱のデータも登場するので、それを説明するために(仕方なく)量子化したデバイ模型まで踏み込んでいます。

これが熱力学第一法則の範疇なのか? と思わないこともないですが。

熱化学

熱力学第一法則の単元では物質の温度変化がメインでしたが、ここでは熱変化の範囲を大きく広げていきます。

反応熱や蒸発熱、溶媒和まで、内部エネルギーやエンタルピーを使って説明していきます。

「熱力学第一法則は、エネルギー保存則のことだ」ですますのではなく、熱まで範囲を広げたエネルギー保存則が成り立つとどのような現象が導かれるのか、それが実際と合っているのか、実例を使って学んでいきます。

エントロピーおよび熱力学第二法則、第三法則

やっと熱力学第二法則に入ります。

普通に(?)熱力学第二法則と第三法則を説明しているのですが、エントロピーについては最後に少し踏み込んでいます(だからタイトルに「エントロピーおよび」が入っているのでしょう)。

エントロピーのボルツマンの式から統計力学的な説明まで入り込んでいるのです。

用意周到というか、すでに分子は量子化しているので、状態数もすんなり受け入れることができます。

ちなみに、理想気体のエントロピーを表す「ザックール・テトローデ方程式」も導出していますが、離散的なエネルギーを連続とみなした近似として計算していますので「熱力学第三法則と合わない……」などと悩む必要もありません。

当分の間は熱力学

この後、熱力学に関する項目が続きます。

  • 自由エネルギーと化学反応
  • 多成分系の熱力学的取り扱い
  • 相平衡

熱力学の基礎では1成分(相)で、圧力、体積、温度を変数として扱うことが多いのですが、ここではモル数n(分子数N)も変数となる場合を取り扱っています。

この辺りで、やっと熱力学の面白さや有用性がわかり始めます。

その後

言いたいことは、ここまでで大体でてきましたので後はすっ飛ばします。

次に「量子力学と原子構造」で量子力学を使って原子の構造を説明、その後「対称性と群論」で分子構造を数学的に取り扱う方法を学んで上巻が終わり、下巻に続くという流れです。

この教科書を評価してみる

実は、この記事を書くために久しぶりに教科書を開き「なるほど上手く書いているな」と感心しました。

最初に勉強したときは、深い霧の中を手探りで進む感覚でしたが、改めて読むときちんと道が敷かれていることに気づきました。

また、この教科書では物理理論についての考察はほとんどありません。

シュレディンガー方程式やボルツマンの式は天下り的に出てくるだけです。

今では、化学にどう応用するかを主眼にしているからだと納得できますが、当時はいきなり出てきた式を使って話を進めるスタイルにはなじめませんでした。

物理と化学のはざま

物理屋さんと化学屋の感覚の違いを説明しようとしましたが、結局熱力学と古典統計力学の話になってしまいました。

実はもっと些細な表現の違いで物理屋さんとの感覚の違いを感じるのですが、細々したことを羅列しても意味がないので典型で大きな例を挙げただけです。

感覚としては、詳しいことは省いて簡単に記述しているだけだとわかっていても「それじゃ水と油も混ざり合うことになるよ」とか「沸騰したときに大きな泡はできないことになるよ」みたいな実際に目にすることが説明できなくなることに過敏になってしまうのです。

化学屋さんはわかってくれるかな? それとも私だけなのかな?

化学

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