思考停止は悪いことではない? 知っていると錯覚する理由

以前の記事で、人間には説明深度の錯覚という、知っているつもりになってしまう習性があることを説明しました。

≫≫説明深度の錯覚とは? 知ってるつもりになる理由

では、なぜ人間はそんな習性を持っているのでしょうか?

その原因について考えてみたいと思います。

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人間の進化と思考の関係

人間は、頭脳を発達させるという進化をしてきました。

進化では、形態や機能だけが変わってもそれだけでは意味がなく、習性も同時に身につかないといけません。

大きくて鋭い爪を持つように進化しでも、その爪を使って獲物を捕らえたり身を守ったりするという習性がなければ、生存に有利に働きません。

使わないのなら、鋭く大きな爪はかえって邪魔になるだけです。

人間が頭脳を発達せさたのなら、その頭脳を使って考えるという習性も同時に持っているはずです。

考えることは人間の習性

人には考えるという習性がDNAに刻み込まれています。

子供を見ればわかります。

なぜ? どうして? 色々なことに興味を持って知りたがります。

人間は本能として知りたいのです。

わからないという状態を放っておくことができないように作られているのです。

考えるというのはどういうことか?

考えると言っても色々あります。

どんな職業に就くべきか、どうすれば彼(彼女)に振り向いてもらえるか、どうすればお金を稼ぐことができるのか?

今挙げたのは、これからどうすべきか? という思考です。

でも人間の本能に刻み込まれているのは、このような未来へ向けた考えではありません。

子供を見ればわかるように、なぜ? どうして? という理由や因果関係を知りたいという欲求があるのです。

何か起きたときに、原因を考えることで次から対策がとれる、そのことが生存に有利に働くからです。

わからないことをどう処理するのか

考える人

でも実際にはいくら考えてもわからないことが沢山あります。

それを延々と考え続けていては、日常生活もおくれません。

理由や因果関係を知りたいという本能と、わからないことを考え続けないことを両立させないといけないのです。

原始宗教の例

原始宗教は、そのためにあったのだと考えています。

火山が噴火した、日照りが続いた、病気になった、その理由を考えても古代の人にはわかりません。

でも理由がわからないことを放っておけない習性があるので、何らかの理由をつけて納得してしまうしかありません。

神様が怒った、悪魔が憑いた、と理由をつけて、わかったつもりになるしかなかったのだと思います。

情報化社会への対応

現代は、情報に溢れています。

目に付くもの、耳に入った情報、全ての理由を真剣に考えることなどできません。

でも理由を知りたいという本能があります。

そのはざまで、わかったつもりになるという方法を編み出したのでしょう。

防衛本能のようなものです。

これは、科学的なことに限りません。

例えば、殺人事件のニュースを観たとします。

「なぜ、人を殺したのか?」

と理由を知りたくなります。

その習性を知っているので、ニュースでは必ず動機を説明します。

金銭のもつれ、男女関係のもつれ、などなど。

でも、人間が人を殺すに至る想いは、そんな一言で語れるものではないことはみんな知っています。

でも単純な動機を挙げてわかったつもりになるのです。

動機がわからない場合は、犯人の過去を理由に挙げたりして、何とか説明をしようとしているのです。

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思考停止とは何か

このように、深く考えることは止めて適当な理由で満足してしまうことを「思考停止」と呼びます。

思考停止と言えば、良くないイメージがあります。

でも、ある程度は仕方ありません。

思考停止をしなければ、日常生活を送ることができなくなってしまいます。

良くないのは「本来、深く考えなければいけないことまで思考停止する」ことです。

殺人事件の動機も、裁判官や犯罪心理学者が一般の人と同じレベルで思考停止するのはNGです。

思考停止の段階

もうひとつ思考停止に陥る原因があります。

なぜ? なぜ? なぜ? と考えていくと、キリがないということです。

どこかで思考停止しなければなりません。

最先端の「なぜ?」は、その道の専門家が考えていることです。

他の人は、そこまで考える必要はありませんし、考えることすら無理です。

どこかの段階で思考停止するしかないのです。

自分にとって重要なことは深くまで考えてから思考停止して、関係のないことは浅いところで思考停止する、それが重要ではないでしょうか。

知的好奇心

人間には知的好奇心があります。

今まで浅いところで思考停止していたことを、もう一段階深い部分まで知ったときに知的興奮が味わえます。

自分にとって重要でないことは、浅い部分で思考停止してても問題はないのですが、何らかのきっかけでそれを知ると嬉しいのです。

人間が理由を知りたいという本能を持っている証拠です。

思考停止に陥らないための無知の知

無知の知」というのは、ソクラテスが残した言葉です。

自分が知らないということを知る」ことの重要性を説いたものです。

全てを知る必要はありませんし、全てを知ることもできません。

でも「自分は本当はよく知らないい」「理解したつもりになっているだけ」ということをわかっておくことは重要でしょう。

自分にとって大事なことを思考停止してしまうのは避けないといけません。

でも、思考停止の習慣がついてしまっているので、言葉でいうほど簡単ではありません。

普段から思考停止していて、知らないことを知っているつもりになっていることを、意識することが重要なのではないでしょうか。


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